東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)4号 判決 1969年9月10日
原告 河合種夫
被告 通商産業大臣 大平正芳
被告 日本工業標準調査会 そろばん専門委員会
会長 会田要蔵
右指定代理人検事 高橋正
<ほか二名>
主文
本件訴えをいずれも却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
(原告)
「日本工業標準調査会そろばん専門委員会が昭和四二年一一月二四日開催してなした決議中に別紙第一および第二目録記載の各決議が、いずれも存在しないことを確認する。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決
(被告ら)
主文と同旨の判決
第二原告主張の請求の原因
一 原告は日本工業標準調査会そろばん専門委員会(以下、そろばん専門委員会と略記する。)の臨時委員である。
二 そろばん専門委員会は、昭和四二年一一月二四日その構成員一八名中、原告を含む一六名の出席によりそろばん工業標準案の審議を議題として開催され(第五回目で、最終回であった。)、審議を尽して、議決をした。
三 そろばん専門委員会の事務当局は、その議事を明確にするため別紙第一目録記載のような決議があったものとして議事録を作成し(原始議事録)、これを昭和四三年二月末日全委員に郵送した。しかし、右議事録は、
1 出席委員数の記載に誤りがあるほか、
2 決議事項中、最も重要な部分の記載に根本的な誤りがあった。すなわち、右目録記載のような決議は実際には全く存在しなかったのである。
四 そこで、原告は、早速被告そろばん専門委員会会長ならびに事務当局に、その旨を具申して訂正方を申し入れるとともに、行政管理庁にも実情を説明して善処方を依頼した。そして、同年七月四日には工業技術院標準部電気規格課長に口頭により異議申立をし、同課長から同年八月二日付文書により、議事録については各委員の了解を得ている旨の釈明を付しながらも、改めて相違点の文書による指示を求める旨の回答を得たので、同月二〇日右課長に対し、「第五回そろばん専門委員会議事録異議申立について」と題する文書を提出して、右議事録の事実との相違点を指摘した。
五 ところが、そろばん専門委員会の事務当局は、「そろばん専門委員会第五回議事録修正の可、否について」と題する同月二七日付の照会文書に併せて、別紙第二目録記載のような決議があったものとする議事録の修正案を、全委員に送付した。しかし、右修正案に記載された決議の内容も実際になされた決議の内容と全く相容れないものであった。
六 原告は、その後も、右事務当局に対し、再三、再四、右議事録の根本的な訂正方を求め、また、同年九月二五日には知人の赤松包正を介して工業技術院標準部長に対し内容証明郵便により右議事録の訂正を要望したが、かえって、右事務当局から、同年一一月二八日付文書により、
1 出席委員数の記載は、原告指摘のとおり訂正さるべき旨、
2 決議事項中、問題の箇所については、原告の申入れを全面的に否認したうえ、前記修正案が賛成一四名(ただし、そのうち、二名は当日の欠席者であるが、審議の結論に賛成である旨解答していたと注釈されている。)、反対一名、その他三名をもって確認された旨の回答を得、また、標準部長からも、同年一二月五日付文書により、右と、ほぼ同趣旨の回答を得るに止まった。その間にみられる被告そろばん専門委員会会長の去就は工業標準化法第一条の趣旨と相反するものであった。
七 これを要するに、前記第五回のそろばん専門委員会においては、そろばんの工業標準に関し、別紙第一目録記載のような決議がなされたことは勿論、同第二目録記載のような決議がなされたこともないのである。
しかるに、その上級機関は、あたかも右第一目録記載の決議がなされた旨、不実の記載のある議事録に基づき、逐次、審議をなし、被告通商産業大臣は日本工業標準調査会から最終的審議の結果につき答申を受け、そろばん専門委員会において右目録記載の決議がなされたものとして取扱い、同年五月一日工業標準化法第一条の趣旨に反して右答申を採択し、これに従ったそろばんの工業標準を制定のうえ、同月三〇日これを官報に公示した(その公示によると、右工業標準は、その品質の点においては、全く具体性のない抽象的字句の羅列である。)。
そして、被告そろばん専門委員会会長は被告通商産業大臣ともども、今なお、右第一目録記載の決議、または少くとも同第二目録記載の決議の存在を主張して譲らない。
よって、本訴請求に及んだ。
八 なお、原告はそろばん専門委員会の議事録に記載された特定の決議自体を取上げて行政処分と解し、その存否の確認を求めるのでなく、そろばん専門委員会の事務局(担当土屋隆)が議事録に決議として記載すべきでないものを記載したことを不服として順次、上司に異議申立をしたが、これに対する被告らの裁決がいずれも不当なので、その裁決の取消し(行政事件訴訟法第三条第三項)を(決議不存在確認の形で)求め、それ故にこそ、そろばん専門委員会会長のみを被告とせず、通商産業大臣をも被告としているのである。
また、そろばん専門委員会は被告ら引用の、いずれの条文によっても、日本工業標準調査会または、その部会の下部機関とはされてはいない。被告らの引用する工業標準化法施行規則第一七条の二、第四二条によれば、むしろ、そろばん専門委員会は右調査会または部会の下部機関でないことが明らかである。しかし、また、そろばん専門委員会は、仮に右調査会または部会の下部機関であるとしても、その故をもって行政責任を免がれるものではない。
以上の次第で、本件訴えは適法である。
第三被告ら主張の本案前の抗弁
原告の本件訴えは、その訴旨において必ずしも明白ではないが、もし、そろばん専門委員会の決議をもって行政処分と解し、その不存在確認を求めるのであるとすれば、不適法である。けだし、そろばん専門委員会は、工業標準の制定に関し関係各大臣の諮問機関として通商産業省に設置された日本工業標準調査会(工業標準化法第三条)の下部機関にすぎず(同法施行規則第七条、第二一条)、その議決が直ちに右調査会の議決とされるのではない。すなわち、その上部機関たる部会は、そろばん専門委員会の議決を更に調査審議して議決する(同規則第四一条)が、その議決が右調査会の議決とされるのであって(同規則第四一条、第四二条、第一七条の二)、そろばん専門委員会の議決は、諮問機関の内部的意思決定の一過程にすぎず、これをもって抗告訴訟の対象たる行政処分とするに足りないからである。
理由
一 原告の本件訴旨は、そろばん専門委員会が昭和四二年一一月二四日なした決議中に、別紙第一および第二目録記載の各決議がいずれも存在しないことの確認を求めるにあるから、右決議の存否が確認の訴えの対象となり得るか否かにつき、考察する。
1 工業標準化法第三条に基づき通商産業省に設置された日本工業標準調査会(以下、調査会という。)は、主務大臣が行う工業標準の制定、確認、改正および廃止等に関し、工業標準または、その案を調査審議して、その結果を答申する等の権限を与えられている(同法第三条、第一一ないし第一五条、第一八条、第一九条)が、その内部には標準会議および部門別の部会が置かれ(同法施行規則第七条)、さらに、部会には専門事項別に専門委員会が置かれる(同規則第二一条)ことになっていて、同法第二条、同規則第一条によれば、そろばん専門委員会は、通商産業大臣を主務大臣とし、そろばんの工業標準を専門事項とする専門委員会であることが窺われる。
そして、工業標準の制定、確認、改正および廃止に関していえば、専門委員会は、調査会が主務大臣から付議されもしくは意見を求められ、または関係大臣から諮問を受けたこと等に基づき、調査会から関係部会に、同部会から関係専門委員会に順次付託された事項の調査審議を所掌とし(同規則第二二条第一項、第三一ないし第三三条、第一四条第一項)、その調査審議を終了したときは、議決を行うものとされている(同規則第三五条)。しかしながら、その後の手続をみると、右議決については、関係部会において調査のうえ議決が行われ(同規則第四一条第一項、第四二条本文)、その結果が同規則第一七条第一項の規定により、標準会議の調査審議に待つを要する場合を除き、調査会の議決とされ(同規則第一七条の二)、また、右に除外した場合、部会の議決については、標準会議において調査審議のうえ議決が行われ(同規則第四八条)、その結果が規則第一七条第二項の規定等により、調査会の総会の議決に待つを要する場合を除き、調査会の議決とされ(同規則第一三条)、さらにまた、右に除外した場合、標準会議の議決については、総会において調査審議を経て議決を行い、その結果が調査会の議決とされる(同規則第五一条)ことになっているから、専門委員会の議決は、独立して調査会の意思たる効果を与えられず、単に、調査会の議決(これとても、主務大臣が行う工業標準の制定等の行為の手続的要件たるに止まり、それ自体では独立して対外的効果を有しない。)が成立するまでの内部的手続の一段階たるに止まるものというべきであって、もとより、その存在により、私人が拘束され、または、その権利ないし自由が左右される筋合いのものではない。
したがって、これをもって行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為と解することはできないから、その取消しを求め、または、存否の確認を求める行政事件訴訟を提起するに由がないものといわなければならない。
2 なお、原告は、そろばん委員会の事務局が議事録に決議として記載すべきでないものを記載したことを不服として異議申立をしたが、これに対する被告らの裁決がいずれも不当なので、その裁決の取消しを決議不存在確認の形で求めるものである旨を主張するが、専門委員会の議事録の記載は、専門委員会の決議にもまして、行政庁の処分その他公権力の行使に当る行為とは解し難いから、これに対して私人の異議申立て、審査請求その他の不服申立てが許されるわけがなく、したがって、右不服申立てに対応する行政庁の決定、裁決その他の行為を考える余地がない以上、原告の右主張が失当たることは明らかである。
3 その他、どう考えても、そろばん専門委員会の決議の存否につき確認の訴えを許容すべき法律上の根拠を見出すことはできない。
二 よって、本件訴えは不適法というべきであるから、これを却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 駒田駿太郎 裁判官 小木曽競 山下薫)
<以下省略>